スペック表の数値比較にとどまらず、「計算資源をどう持ち、何に使い、どのような価値へ変換するか」を用途から考えるシリーズです。前回の第16回(MoEとGPU・大容量RAMの役割分担)に続き、第17回では「1つの巨大LLMを複数GPU・複数PCへ分割する分散推論」と「2台分業」の違い、通信の壁、現実的な導入順序を整理します。
計算資源シリーズ一覧を見る →まず結論|大きなモデルを動かすためだけに、PCを増やす必要はない
大規模なローカルLLMを動かそうとすると、最初に壁になるのがメモリ容量だ。RTX 5090には32GBのVRAMがあるが、もっと大きなモデルでは1枚に収まらないことがある。そこで浮かぶのが「GPUを2枚使えばいいのではないか」「別のPCのメモリも使えないか」という疑問だ。
技術的には、1つのモデルを複数GPUや複数PCへ分割して推論する方法がある。しかし、使えるメモリが増えることと、生成速度が速くなることは同じではない。 分散するほど、計算結果をやり取りする通信と同期が必要になるためだ。
結論を先に整理すると、次のようになる。
| 状況 | まず検討したい構成 | 主な理由 |
|---|---|---|
| 希望モデルが1枚のGPUに収まる | GPU 1枚 | 分散通信が不要で、構成が単純 |
| VRAMは不足するが、RAMが十分にある | GPU+システムRAM | 追加GPUの前にCPUオフロード等を検証できる |
| 複数GPUで1台の筐体に収められる | 同一PC内の複数GPU | ネットワーク越しの分散を避けやすい |
| 1台ではどうしてもモデルを保持できない | 複数PCによる分散推論 | 通信とソフトウェアの対応を条件に検討 |
| 制作とLLMを並行させたい | RTX機+大容量メモリPCの2台分業 | 異なる仕事を独立して実行できる |
ここでいう「分散推論」と、CORE SPECが紹介してきた「2台分業」は、最初に区別しておきたい。
目次
1. 「1つのモデルの分散」と「2台で仕事を分ける」は違う
例えば、AのPCでTouchDesignerやComfyUIを動かし、BのPCでローカルLLMを実行する場合を考えよう。2台はネットワーク越しにAPIで連携してもよいが、それぞれが別の仕事を担当している。これはワークフローの分業だ。
一方、ひとつの巨大LLMの重みやレイヤーをPC AとPC Bに分け、1回の回答生成のために両者が協調するのがモデルの分散推論だ。
| 比較 | 2台分業 | 分散推論 |
|---|---|---|
| 処理する仕事 | 別々の処理 | 1つのモデルの同じ推論処理 |
| PC間で主にやり取りするもの | プロンプト、結果、APIリクエスト | 中間表現、同期に必要なデータなど |
| ネットワークへの依存 | API通信の量・頻度次第 | モデル分割方式に強く依存 |
| 導入目的 | 制作・推論の負荷分離 | 1台に収まらないモデルの実行、条件次第で性能拡張 |
| 故障・停止の影響 | 担当タスクに影響 | ひとつの推論全体が止まる場合がある |
PCIeやGPU間接続を使い、同一マザーボード上の複数GPUで1つのモデル(または複数リクエスト)を処理する。
複数台のPCへ重みやレイヤーを分け、1回の回答生成のためにネットワーク経由で中間データや同期通信をやり取りする。
制作アプリ(PC A)とローカルLLMサーバー(PC B)など別の役割を割り当て、APIリクエストと応答だけをやり取りする。
ネットワーク接続した2台のRAM容量やVRAM容量が、設定不要でひとつの高速メモリになるわけではない。「GPUが2枚あるから必ず2倍速い」ということもない。
2. 分散推論には何種類あるのか
Tensor Parallel(テンソル並列)は、ひとつの層の重みや計算を複数GPUで分担する考え方だ。層の処理中にも各GPUの計算結果を集める必要があり、通信と同期を頻繁に行う。高速なGPU間接続がある環境で効果を発揮しやすい。
Pipeline Parallel(パイプライン並列)は、モデルの層を前半・後半といった段階に分ける方法だ。GPU Aが前半、GPU Bが後半を担当する。層の境界でデータを渡す必要があり、1人が短い応答を生成するような条件ではGPU間の待ち時間が目立つこともある。一方、複数リクエストを流す場合は各段を稼働させやすくなる。
Data Parallel(データ並列)は、同じモデルの複製を複数GPUへ置き、別々のリクエストを処理する方法だ。1つのモデルをメモリ不足から救う方式ではなく、同時利用者や総処理件数を増やす目的に向く。
Expert Parallel(Expert並列)は、MoEのExpertを複数デバイスに分けて配置する方式だ。トークンを必要なExpertへ振り分けるため、デバイス間の送受信が発生する。MoEの活性パラメータが小さいからといって、通信負荷が必ず小さいわけではない。
| 方式 | 何を分けるか | 重要な制約 | 適する方向性 |
|---|---|---|---|
| Tensor Parallel | 層内部の計算・テンソル | 頻繁な通信と同期 | 高速接続の複数GPU |
| Pipeline Parallel | モデルの層・段階 | 段間転送、待ち時間 | 大きなモデルの段階分割 |
| Data Parallel | 独立リクエスト | モデルの複製分のメモリ | 同時利用・総処理量 |
| Expert Parallel | MoEのExpert | トークン配送、Expert負荷の偏り | MoEに対応した分散処理 |
これらは排他的ではない。実際の大規模環境では、複数の方式を組み合わせる場合がある。
3. なぜ10GbEの数字だけでは速度を予測できないのか
例えば10GbEの通信速度は理論上10Gbps。バイトに換算すれば最大1.25GB/s相当になる。ただし、これはプロトコルの負担などを差し引く前の数字だ。
一方、GPU内の専用メモリは桁違いの帯域でデータを供給する。分散推論ではGPU内の演算をすべてネットワークへ置き換えるわけではないが、モデルの分け方によっては、GPUが相手側の処理や転送を繰り返し待つ。
通信を理解する際は次の3点を見る必要がある。
一度にどれだけのデータを送れるか。大きなデータを動かす際に重要。
送信してから相手へ届くまでの時間。小さな通信を何度も繰り返す構成では無視できない。
Tensor Parallelでは層ごとに通信が必要になる場合があり、TCP/IPとRDMAのような方式の違い、GPU間のP2P通信可否などが影響する。
NVIDIAのNCCLは、複数GPU間のAllReduceやAllGatherなどを支える通信ライブラリだ。ただし、NCCLを導入しただけで任意のPC同士が高速な分散推論システムになるわけではない。GPU構成、相互接続、フレームワークの対応が必要になる。
「同じメモリ容量を確保できる」なら、通信と設定の負担が小さい構成を先に比較する。 これが個人ユーザーにとって重要な考え方だ。
4. 2026年の実装環境はどこまで使えるのか
分散推論は研究上の概念ではなく、実際のソフトウェアに実装されている。ただし、対応範囲と導入難易度には大きな差がある。
| ソフトウェア | 主な位置づけ | 導入前に確認すること |
|---|---|---|
| vLLM | 複数GPU・複数ノードの本格的なモデル配備 | 対応GPU・OS、TP/PP設定、Ray等、モデル対応 |
| llama.cpp RPC | 異なるマシンの計算資源を利用する実験的方式 | 公式がProof of Conceptと注意、信頼できる閉域環境のみ |
| MLX Distributed | MLXでの分散処理。Apple Siliconを含む環境で利用 | バックエンド、接続、対応モデルと分散実装 |
| exo | 複数端末を束ねる分散AIプロジェクト | 版・サポート環境・対応機器・実装の成熟度 |
vLLMは、1台でモデルが収まるなら分散を避け、1台の複数GPUで収まるならTensor Parallel、多ノード環境ではTensor ParallelとPipeline Parallelを組み合わせる考え方を公式に案内している。
llama.cppのRPCも複数PCへ重みを配置する方式があるが、公式READMEでは実験段階であり、公開ネットワークや機密環境へRPCサーバーを置かないことが明記されている。ホームユーザーが気軽に標準機能として導入できると誤解させてはいけない。
MLX Distributedでは、TCPベースのRingや、対応環境でのThunderbolt/RDMA等の通信方式を利用できる。ただし、MLXが分散通信に対応することと、すべてのLLM・複数機器の組み合わせを簡単に運用できることは別だ。
exoのような選択肢も、プログラムの更新状況と対応環境を確認したうえで、研究・実験向けの位置づけから評価したい。
例外的に、2台接続を前提に設計された製品もある
例えばDGX Spark同士には、ConnectX-7を用いた接続と、対応構成のクラスタ設定を補助するNVIDIA Sync Cluster Assistantが用意されている。NVIDIA公式ガイドでは、対応するQSFPポートが最大200Gb/sであることや、複数台の接続・設定手順が説明されている。
これは、一般的なWindowsデスクトップ2台を10GbEで接続して分散推論するケースとは、前提となるハードウェアもサポートも異なる。もっとも、クラスタのネットワーク設定が容易になっても、使いたいモデルと推論フレームワークが分散処理に対応するか、十分な速度が出るかの検証は残る。
5. 複数GPUを導入する前に比較すべき4つの方法
① GPU 1枚のままモデルを小さくする
量子化や、必要な品質を満たすより小さいモデルへの変更でVRAM内に収まることがある。最も構成が簡潔で、追加機材が不要だ。ただし、回答品質や対応タスクに影響する場合がある。
② RTX+システムRAMを使う
CPUオフロードやMoEのExpert配置により、単一GPUのVRAMを超えるモデルを扱う方法だ。128GB・192GB・256GB RAMなどの価値は「保持できる容量」にあり、速度はCPU性能・RAM帯域・実装次第。設定を最適化する難易度も判断に含めたい。
③ 同一PCに複数GPUを搭載する
対応するソフトウェアなら、複数のVRAMを利用してモデルを分割できる。ただし、VRAMが無条件に1つの共有メモリとして合算されるわけではない。 PCケース、電源、冷却、PCIeレーン・スロット、GPU間接続、費用を考慮する。
④ 別のPCを追加する
この場合は、ひとつのモデルを分ける分散推論か、別の仕事を任せる2台分業かを最初に決めよう。RTX制作機と大容量メモリPCを分ける構成では、モデル全体を毎回PC間で通信する必要はない。日常運用では、役割が固定された2台分業の方が扱いやすいケースもある。
6. どんな人に分散推論は向くのか
単一機に収まらないモデルを使う必要があり、複数GPU・高速ネットワークを保有し、ランタイムの対応確認や性能測定に取り組める研究者・開発者。
ローカルLLMを日常的に使いたい初心者、制作中の操作感を重視するクリエイター、安定稼働を重視しているがGPU間通信を検証する余裕がない人。
導入前に、モデルの実メモリ量、Prefill時間、Decode速度、通信構成、再起動・障害時の復旧手順を比較したい。導入台数を増やすことは、必ずしも使いやすさの向上を意味しない。
7. 結論|分散は最後に選ぶ、という順序も合理的だ
巨大LLMを1台で動かすか、複数GPU・PCへ分散するか。判断は単純なGPUの枚数や合計VRAMでは決まらない。
まずモデルが1枚のGPUに収まるかを確認し、次にRAMオフロードや、単一筐体の複数GPUを検討する。そのうえで容量・速度・費用・運用条件を満たせない場合に、複数PCでの分散推論を比較する順序が現実的だ。
重要なのは、どれだけ多くの計算資源を並べるかではなく、その計算資源をどんな仕事に使い、どこで通信・待機が発生するかを把握すること。
制作とAIを並行させたいなら2台分業が有力だ。複数エージェントを同時稼働させるPC構成については、次の第18回(複数AIエージェントを動かすPC構成)で詳しく扱う。
よくある質問
GPUを2枚にすればVRAMは単純に2倍になりますか? +
10GbEなら分散推論は十分速いですか? +
Tensor ParallelとPipeline Parallelはどちらが速いですか? +
RTX PCとMac Studioをつなげば、両方のメモリを合算できますか? +
分散推論と2台分業はどちらを選ぶべきですか? +
公式情報・参考文献(一次情報)
- vLLM:Parallelism and Scaling — https://docs.vllm.ai/en/stable/serving/parallelism_scaling/
- NVIDIA NCCL:Overview — https://docs.nvidia.com/deeplearning/nccl/user-guide/docs/overview.html
- llama.cpp:RPC README(実験的・安全性注意)— https://github.com/ggml-org/llama.cpp/blob/master/tools/rpc/README.md
- Apple MLX:Distributed Communication — https://github.com/ml-explore/mlx/blob/main/docs/src/usage/distributed.rst
- exo:公式リポジトリ — https://github.com/exo-explore/exo
- NVIDIA DGX Spark:ConnectX-7 Networking — https://docs.nvidia.com/dgx/dgx-spark/spark-clustering.html
- NVIDIA Sync:Cluster Assistant — https://docs.nvidia.com/sync/latest/cluster-assistant.html
※各ソフトウェアの対応範囲およびハードウェア仕様は、2026年10月時点の公式ドキュメントに基づきます。
🧭 大容量AIメモリ選びの道標
容量、GPU演算、プラットフォーム、実機、配置。
今の迷いに合わせて、必要な判断へ移動できます。
VRAM・RAMとの違いと、大容量共有メモリがローカルAIで注目される理由を理解する。
モデルサイズ、コンテキスト、RAG・Agent運用から必要なメモリ容量を判断する。
70B〜100B超モデルや大規模MoEの量子化精度、長大コンテキスト、複数エージェント常駐から192GBの必要性を判断する。
モデルを収める容量と、高速に計算するGPU性能の違いから判断する。
RTX Spark・Ryzen AI Max・DGX Spark・Mac Studio。CUDA・OS・メモリ特性から選ぶ。
最大128GBの共有メモリとCUDAを備えるRTX Spark。実行性能・制作アプリ互換性・価格から、既存の計算環境をどこまで置き換えられるか判断する。
完成したAIノードか、OCuLinkで外へ拡張できるAIノードかを判断する。
1台へ集中するか、CUDA制作と大容量AIを別ノードへ役割分担するかを設計する。
この記事の編集・執筆
CORE SPEC編集部が、vLLM・NVIDIA NCCL・llama.cpp RPC・Apple MLX・NVIDIA DGX Spark等の公式一次資料を照合し、複数GPU・複数PCによる分散推論の仕組みと通信制約、1台構成や2台分業との判断基準を整理しました。
運営者情報・編集方針を見る計算資源の「最上位対決」|民生用フラッグシップとプロ用ワークステーションの境界線
計算資源の「価値・用途」|電力を計算を通じて価値へ変換する。主戦場がAIへ移った背景
計算資源の「所有・利用」|必要なときだけ借りるか、自分の環境として持つか。利用時間・VRAM・総コストから判断する
計算資源の「メモリ構造」|100GB超の大容量ユニファイドメモリと、高帯域なGDDR7専用VRAM。「載る容量」と「動かす速度」を分けて考える
計算資源の「境界線」|「入る」と「速い」の違い、PCIeボトルネックとオフロードの現実
計算資源の「哲学と自由」|買っているのはAIではない、AIを動かす自由だ。所有コストと依存コストの比較
計算資源の「制作フロー」|16GB・32GB・96GBで変わるのは「できること」より「制約の数」
計算資源の「コスト構造」|HBM・パッケージング・半導体製造の逼迫から見るGPU高騰の本質
計算資源の「モデル逆算」|7B〜120Bのモデル規模・量子化・KVキャッシュから必要なVRAM容量を逆算する
計算資源の「持続性」|GPUを動かし続ける電力・冷却・筐体・設置環境を考える
計算資源の「互換性とソフトウェア制約」|GPU性能の数字だけでなく、CUDAとROCm、PyTorch、ComfyUI、TouchDesignerの制作フロー全体からGPUの本当の選び方を整理する
計算資源の「冷却選定」|ローカルLLM用PCを選ぶとき、ケース・エアフロー・空冷・水冷のどこを見るか
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